告白
では今日は、あなたの知らないことを言いましょうか。
まあ、もっとも、聞けばあなたは「知らないほうがよかった」と言うのかもしれませんが。
僕は、あなたに好意を抱いています。
友人としてのそれではなく……いえ、もちろん、あなたは友人としてだって、僕にとっては得がたい存在です。ご存知の通り、僕はこの三年の間、普通の学生とはかけ離れた生活をしてきました。だから、今のこの状況で、まるでごく一般的な友人として付き合うことができるあなたを、僕がどんなに大事な人だと考えているのか、きっとあなたには想像もつかないでしょうね。
でも今僕が言いたいことは、それとは違います。僕は、あなたが好きなんです。例えるなら、男女の間で交わされるそれのような気持ちで。
僕はあなたに、そういう意味での好意を持っています。
──ふふ、気付いていましたか?
いえ、そんな訳はないですね。ただでさえ恋情というものに疎いあなたが、よりにもよって僕のこの気持ちに気がつくはずなどない。
僕はずっと、あなたに気付かれないように、あなたのことを見ていました。
(僕はそういう風に、相手に気付かれないように振舞うのは得意なのです)
それに、あなたが僕の視線に気付かないのは、あなたの目が僕ではなく、違うところを見ているからなのでしょう。
たとえば部室でなら、あなたの注意が僕ではなく、他の女性達に向けられるのはごく自然なことです。無理もありません。
僕は、あなたの好意を得るべきどのような魅力も持ち合わせていない。
無条件に庇護したくなるような甘い愛らしさだったり、いっそ不器用にさえ見えるほどの無垢な美しさだったり、女神のように周囲をつき動かしていく純粋な輝きだったりとか、そんなものは僕には、ありません。
あなたにとっての僕は、せいぜい苦々しく思われこそすれ、好意の対象になるとはあまり考えられません。自分でこんなことをいうのも自虐的かもしれませんが、客観的に見てみて、そんなところなのでしょう。
念のため言っておきますが、僕は別に彼女たちのような女性になりたいわけではありません。女性になって、あなたに守られて生きていきたいというわけではないのです。むしろ、自分があなたを守れるような存在でありたいと思っています。今の僕は、たまにはあなたの役に立てているでしょうか?……そうだったらいいですね。
でも、自分にある超常の力は神である涼宮さんのためのものです。
あなたを守る力にはなれません。
そう考えると、自分に果たして何が出来ているというのでしょう?
機会があれば、あなたに直接聞いてみたいくらいです。
(本当は、そんな怖いことは、僕にはきっとできない)
以前、この力を見せるために、あなたを閉鎖空間へお連れしたことがありましたよね?
──僕は今でも、あの時のことを夢に見ます。
あんな風に、世界の全てから閉ざされた場所へ、あなたの手をひいて、
連れて行ってしまえたらどれほどいいだろうかと思ってしまうのです。
他の誰も存在しない、そんな世界であれば、あなたは僕のことを見てくれるのでしょうか?
我ながら、実に、愚かな考えです。
そもそもあの空間は、神である涼宮さんの鬱屈を晴らすために構築されたものであり、現実の彼女がそこにいなくとも、その存在がそこから消えたわけではありません。
ああ、誤解のないように言っておきますと、僕は決して彼女が嫌いなわけではありませんよ。
……そうですね、実際にお会いする前ならば、もしかしたら嫌いだったのかもしれません。何せ僕の生活を根底から覆したのは、彼女の持つ力に他ならないのですから。
でも今はこうやってすぐ近くで涼宮さんのことを見ていて、彼女はとても魅力的な女性なのだと考えるようになりました。そんな風に、素直に思うことが出来ます。
でもそれは、僕があなたを想う気持ちとは、別のものなのです。
世界の鍵たるあなたに僕がこんな気持ちを持つことは、論外だと言ってもいいでしょう。
神からあなたを奪うことなど許されない。ましてや僕は世界を崩壊から守るために日々を生きているはずなのです。そんな僕が、あなたを望むなんて、とんでもないことだ。
ありえない例えではありますが、万が一、百万が一、あなたが僕を振り向いてでもくれようものなら、それは世界の崩壊につながりかねないことなのです。
ええ、よくわかっていますよ。
……でも僕は、あなたを望むことをやめられない。
僕がそうしているように、あなたに愛されたいという、その思いを捨てられない。
あなたが選ぶべきは僕ではないのに。
それでも、あなたのことが好きで仕方がないのです。
僕はもう、願うことに疲れてしまいそうになります。
この能力を得たとき、ごく普通の日常と言うものが、どんなに貴重なものだったかを知りました。そこに戻れたらいいと望み、でもそれが少なくとも今は叶わないと知って、僕は現状を受け入れたんです。そうする他にはありませんでした。自分たちの能力だけが世界を救うことができるのだと、そんな薄っぺらいヒロイズムに騙されたふりをして、自分を納得させることにも慣れました。それで歯車はうまく回っていたはずなんです。
でもあなたに会って、彼女が精神を安定させていくことに安堵を感じるのとは逆に、僕自身があなたに惹かれていってしまった。
あなたの何気ない優しさだとか、他の誰にも真似できないようなタイミングで相手の心をすくいあげる気遣いだったりとか、そういうものに、僕は焦がれてやまないようになってしまった。
僕にもそれを与えてはくれないだろうかと。
それだけならともかく、あなたの心も、体も、すべて欲しいと願うようになってしまった。
こういう感情を、恋と呼ばずになんと呼べばいいのでしょう?
……僕だって、本当は、あなたのことをこんな風に好きにはなりたくありませんでした。
だってそうでしょう?どうやってもあなたは僕のものになどなりそうにない。あなたが僕をそんな風に好きになってくれる理由なんて見つからないし、神の向こうをはってあなたを奪い合うなど、出来るわけもないのです。
わかっています。全部、わかっていますよ。
それでも、僕は、あなたを望んでしまうのです。
部室でゲームに興じている時、帰り道で肩を並べている時、閉鎖空間からの帰り道、暗い部屋で一人ベッドに入る瞬間、
そんな瞬間の全てに、あなたのことを考えている。
それが今の僕です。
ここまでが僕の本当の気持ちです。
……なんて、こんなふうに、あなたに告白してみたいものですね。
もちろん、そんなことはできるはずもありませんが。
僕だって、さすがにあなたに嫌われたくはありませんから。
さて、では明日もまた、あなたの嫌いな隙の無い笑顔をべったりと顔に貼り付けて、放課後にお会いしましょうか。
それ以外、僕に、いったい何ができるでしょうか?
──はい、それではまた明日。いつものように、部室で。